東京地方裁判所 昭和52年(ヨ)2375号 決定 1979年6月07日
債権者 中島孝之
<ほか八名>
債務者 ニチバン株式会社
右代表者代表取締役 小林幸雄
主文
各債権者らは債務者に対し、各債権者らが昭和五二年九月一三日以降それぞれ別紙(一)記載の各曜日に定めた各時間内に就労しないことを理由として債務者からいかなる不利益な取扱をも受けない地位にあることを仮に定める。
申請費用は債務者の負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 債務者は各債権者らに対し、それぞれ別紙(一)記載の各曜日に定めた各時間内の就労を強制してはならない。
2 申請費用は債務者の負担とする。
二 申請の趣旨に対する債務者の答弁
1 債権者らの申請をいずれも棄却する。
2 申請費用は債権者らの負担とする。
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 当事者
(一) 債務者
(1) 債務者は、肩書地に本店を置き、医薬品、接着テープ等の製造、販売等を営業目的として、昭和九年一二月一日設立され、申請時現在資本金一八億円、年間売上げ約一八〇億円、従業員約一、一〇〇名を有する株式会社であり、埼玉県入間郡、愛知県安城市、大阪府藤井寺市に工場を、札幌、仙台、新潟、大宮、横浜、東京、名古屋、金沢、大阪、京都、神戸、高松、広島、福岡等に営業所をそれぞれ有している。
(2) 従業員の勤務方法は大別して二種類あり、一つは埼玉、安城各工場において二四時間操業のため一部交替勤務者(二班二交替および四班三交替)がおり、他は各営業所および前記三工場に一か月の全労働日が日勤である常日勤者がいるが、各事業所ならびにその勤務方法の区別、勤務時間の内容および従業員数は、別紙(二)記載のとおりである。
(二) 債権者ら
(1) 債権者らは、いずれも債務者の従業員であり、その雇入年月日、勤務場所等は、別紙(三)記載のとおりであり、全員常日勤者である。
(2) 債権者らはいずれも、債務者の従業員で結成した唯一の労働組合であり、合化労連に加盟している合化労連ニチバン労働組合(以下「組合」という。)に所属しており、全員中央執行委員である。
2 紛争前後の経過
(一) 紛争前の勤務時間の定め
(1) 組合と債務者は、昭和四七年四月一七日付協定書および各営業所勤務者については昭和五〇年二月二八日付協定書により、債権者ら常日勤の組合員の勤務時間につき、一日の拘束時間を八時間または八時間一〇分、一週間の実働時間を三八時間三〇分と定めた(別紙(二)参照)。
(2) その後右勤務時間は、昭和五二年二月一〇日付協定書および同年五月三〇日付覚書により改訂されたが、同年九月には再び前記二協定書の定めるところに戻っている。
(二) その他の労使関係
(1) 債務者は、オイルショック以降の全般的不況の中で赤字が累積し、昭和五一年一〇月、経営を改善すべく組合に協力を求めてきたが、労使の精力的な協議の結果、昭和五二年一月二九日、再建方法につき合意に達し、組合は債務者のために再建期間である昭和五四年末までの間生産性向上に協力し、かつ右期間中争議行為をしないこと、また債務者は組合員に対し、右期間中雇用を保障し、物価上昇に見合うベースアップと年間四か月分の賞与を保障することを約束し、協定書に調印した。
(2) 前記協定書において、債務者は、再建期間中においても組合の基本的権利を尊重し、労使関係を平和裡に解決することを確認し、前述の昭和五二年二月一〇日付および同年五月三〇日付各協定書も、これにもとづいて取交された。
(三) 本件紛争の経過
(1) 債務者は、昭和五二年八月一六日、組合に対し、①常日勤者の実働時間を一日一時間、週五時間三〇分延長し、②交替勤務者のそれを週三時間二二分延長することを骨子とする勤務時間の変更を内容とする申入書を交付したが、その勤務時間に関する部分の詳細は、別紙(二)のホ、ト、リ、ル、カ、タ各欄記載のとおりである(以下、その内容を「本件勤務時間延長」という)。
(2) 当時組合は二日後に中央大会を控えていたが、債務者は、同大会開催日である同月一八日に再度組合に対し、①本件勤務時間延長を昭和五二年九月一日から実施したい、②それまでに組合の同意または回答を得られないときは債務者の責任において実施する旨を内容とする申入書を交付した。
(3) 同年八月二三日、組合と債務者は中央労働協議会(以下、「中央労協」という。)を開き、債務者は、本件勤務時間延長の趣旨説明を行った。
(4) 同月二九日、再度中央労協が開かれ、左の事項が労使間に合意された。
① 本件勤務時間延長問題は継続討議に付し、債務者は同年九月一日の実施を延期する。
② 本件を含め、労働条件等の問題は、労使協議を通じて円満に解決する。
(5) 同年九月八日に開かれた中央労協において、組合は債務者に対し、常日勤者の実働時間を原則として一日三〇分、週二時間四五分延長する旨の妥協案を示したが、債務者は右案を拒否し、債務者の提案どおりの合意が得られなければ、同月一三日から業務命令として本件勤務時間延長を実施する旨表明し、交渉を打切った。
(6) 組合は、同月九日、中労委に対して本件勤務時間延長問題に関し斡旋を申請したが、債務者は、翌一〇日、中労委に対して斡旋拒否を通告した。
(7) 債務者は、同月一〇日から一二日にかけて、職制を通じて「就業時間変更のお知らせ」と題する文書を全組合員に配布し、各事業所における朝礼を通じて、同月一三日から業務命令として本件勤務時間延長を実施する旨述べた。
(8) 組合は、同月一二日、債務者に対して事務折衝を申入れ、組合との十分な協議のないままの実施に対して抗議し、その旨の確認書を提出するとともに、業務命令の根拠を債務者に質したところ、宗像労務部長は、「就業規則である。その変更手続は、これから行う。」と述べた。
(9) 組合は、無用の混乱を避けるため、同月一二日、全組合員に対し、翌日からの延長時間の就労には異議をとどめて仮に応ずるよう指示した。
(10) 債務者は、同月一三日に本件勤務時間延長を実施し、現在に至っている。
(11) 債務者は、同月一六日、同日付申入書をもって組合に対し、①昭和四七年四月一七日付および昭和五〇年二月二八日付協定書を事情変更により破棄している旨通告し、②本件勤務時間延長に伴う就業規則の変更についての意見書を提出するよう要請した。
3 被保全権利の存在
(一) 労働契約違反
(1) 債権者らと債務者との間の勤務時間に関する労働契約の内容は、前記二協定書によって定められているが、これによれば、本件勤務時間延長直前の契約内容は、別紙(四)の(イ)、(ロ)欄記載のとおりである。なお、当時の債務者の就業規則のうち勤務時間に関する定めは、昭和四七年四月一七日付協定書の内容と同一であった。
(2) 昭和五二年九月一三日以降債務者が債権者らに対し業務命令として実施している勤務時間の内容は、別紙(四)の(ハ)、(ニ)欄記載のとおりであり、債権者らにつき同日以降従前の勤務時間を超える部分は、同(ホ)、(ヘ)欄記載のとおりである。
(3) 債権者らの別紙(四)の(イ)、(ロ)欄記載の勤務時間は、労働協約の規範的効力により労働契約の内容になっているから、債務者がこれを債権者らの承諾または労働協約もしくは就業規則の変更手続なくして一方的に変更することは労働契約違反であり、結局、同(ホ)、(ヘ)欄記載の勤務時間は、債権者らに対して効力を有しない。
(4) 債務者の同月一六日付申入書より前に組合は前記二協定書の破棄を通告されていないから、右申入書の記載をもって前記二協定書の破棄通告とみなすことはできない。
仮にそうみなしうるとしても、債務者は労組法一五条の適法な解約手続を履践していない。
(5) また、前記申入書にもとづく勤務時間に関する就業規則の一部改訂も、労基法所定の手続を欠き、無効である。
仮にそうでないとしても、勤務時間の定めという基本的な労働条件につき、原則として一日一時間、週実働時間五時間三〇分の延長という大幅な不利益変更は、合理的な就業規則の変更とはいえず、少なくとも従業員の同意を必要とするところ、債権者らは本件勤務時間延長に同意していないから、右就業規則の変更は債権者らに対して効力を有しない。
仮にそうでないとしても、右変更は労働協約と抵触するから無効である。
(二) 権利濫用
全社的かつ大幅な勤務時間の変更は、全従業員にとって重大な労働条件の変更であるから、これを行うに当っては、債務者は、労組法、労基法等の精神に則り、信義則に従うべき義務を負うところ、本件勤務時間延長は、左の理由により右義務に違反しており、権利濫用として無効である。
(1) 債務者は、三回にわたる中央労協において全く実質的な協議を行わず、中労委の斡旋すら拒否してただちに本件勤務時間延長を実施した。
(2) 債務者は、本件勤務時間延長の実施により常日勤者の労働時間を約一五%も増加させておきながら、債権者らに対して何らの賃金等の補償をしていない。
(3) 債務者は、本件勤務時間延長の実施後にはじめて関連する労働協約を既に破棄している旨通告した。
(4) 債務者は、組合が債務者の現状を理解し、再建期間中争議を行わない旨まで約束していたにも拘らず、本件勤務時間延長を強行した。
4 保全の必要
債権者らは、本件勤務時間延長により、左のような著しい不利益を日々受けている。
(一) 肉体的・精神的疲労が蓄積し、体調を崩している。
(二) 組合中央執行委員として勤務時間終了後組合活動を行うに際し、常日勤者と交替勤務者の各終了時刻の不一致のため、組合員間の意思疎通に支障をきたしている。
(三) 家庭生活・社会生活において有形・無形の支障を受けており、特に営業所勤務の債権者は、出勤日である土曜日には従来の勤務終了時である正午が午後五時三〇分にまで延長されたため、きわめて不便を感じている。
二 申請の理由に対する債務者の答弁
1 申請の理由1記載の事実はおおむね認める。
2 同2記載の事実中(三)の(9)は不知、その余はおおむね認める。
3 同3記載の主張は争う。
4 同4記載の主張も争う。
債権者らは、本件勤務時間延長を不当とするならば、残業拒否その他の方法でこれに従わないはずであり、また、これによる賃金カットを不当とするならば、別途訴求することができるはずである。
三 債務者の主張
1 債務者の業績と勤務時間
(一) 昭和四六年以降のいわゆる東京工場移転問題に関する労働組合との協議の過程において、勤務時間短縮問題がとり上げられた結果、債務者と組合は、昭和四七年四月一七日、勤務時間を常日勤者については一日七時間、一週三八時間三〇分とし、交替勤務者については一日五時間三七分、一週三三時間四五分とすることで合意に達した。
(二) 右勤務時間は、当時はもちろん現在においても、製造業としては世間の水準をはるかに上回る好条件であり、合化労連加盟の各組合が達成目標として掲げているほどである。
(三) 債務者は、老朽化した東京工場を閉鎖し、新鋭の埼玉工場を設立することにより、労働集約型企業から設備装置企業への脱皮を図ったが、昭和四八年末のオイルショック後の不況の影響を受けて収益が減少する一方、工場新設に伴う借入金の金利負担あるいは償却費負担の増加、さらに前述の好労働条件による生産性の低下により、かえって企業体質を弱めてしまった。
(四) また、昭和四六年以降、組合がことある毎に争議を構えたことから、債務者は、争議による損失増加あるいは信用失墜を怖れるあまり安直な妥協を重ね、ひいて組合執行部の慢心を増長させ、労使交渉は、常に組合の独善的、威嚇的な雰囲気の中で進められ、債務者の体質を無視した組合に有利な諸協定が次々と締結され、企業としての競争力を失っていった。
(五) このような状況下に、債務者は、昭和四七年下半期以降たびたび経営危機を迎えたが、昭和四九年下半期には主力銀行から八億円の特別融資を受け、昭和五〇年上半期には人員整理を行うことにより、辛くもこれを乗切ってきた。
(六) ところが、昭和五一年上半期に至り、前年度に露呈した大巾な赤字と依然低迷する業績が巷間伝えられるようになり、かつ倒産の風評も頻繁に立つに及んで、かねて警戒していた仕入先が資材の納入を見合わせ、他方金融機関も次々と融資の返済を迫ってきたため、債務者の経営は再び破綻に瀕したが、幸いにも昭和五一年四月に大鵬薬品工業株式会社が一〇億円の資金を資本参加の形で提供してくれたため、当面の難局を乗切ることができた。
(七) しかし、債務者は、企業体質を変えない限り今後もまた同様の危機に見舞われることを懸念し、これを機に企業の再建を図るには売上高を増加させるほかに方法がないと判断し、同年一〇月、新経営改善計画を内外に発表した。
2 再建協定の締結
(一) 前記計画の骨子は、現従業員の雇用を保障したうえ、昇給については物価上昇率に見合う上昇率を、賞与については昭和五一年下半期から三か年にわたり毎期二か月分の支給をそれぞれ保障する一方、昭和五一年下半期を基準として売上高を毎期一〇%以上増加させ、昭和五二年上半期から経営収支を黒字に転換させたうえ、昭和五四年末までに累積赤字を解消する、というものであった。
(二) これに対して組合は、雇用の保障を当然としたうえ、賃金保障には納得せず、債務者が毎月赤字を計上していたにも拘らず、昭和五一年の年末一時金交渉において越年争議を続け、要求額三・三か月分を獲得しようとしたが、事態を憂慮した組合員が執行部を批判し始めたため、ようやく争議を収拾し、昭和五二年一月二〇日、債務者との間にいわゆる再建協定を結ぶことに合意し、同月二九日付で協定書に調印した。
(三) 右協定の内容は、前述の債務者の組合員に対する雇用と賃金の保障のほかに、組合が昭和五四年末まで争議行為を行わないこと、販売・生産体制および勤務態様について生産性を高める方向で債務者と組合が協議し、現実に則して弾力的に運営すること、事前協議協定の運用に当っては弾力的に行うこと等であった。
3 新経営改善計画と債務者の現況
(一) かくて昭和五二年上半期を迎えたが、前述の争議の影響と不況が重なって、売上増加率は前期の二%にとどまり、経常収支は、会計処理の一部変更により帳簿上黒字となったものの、実質は赤字であった。
(二) しかも、同年下半期には経済環境が一層悪化して大巾な売上減となり、同年六月ないし九月の推移から見て、下半期通算で目標の八〇%台にとどまることが確実となったため、再び資金不足となり、同年一一月には、残り少ない換金可能財産を処分してもなお運転資金三億円の不足が予想され、加えて翌一二月には年末一時金の源資三億円強が必要とされ、倒産の危機は必至となった。
(三) 債務者は、当時既に自己の担保能力三九億円を上回る五一億円の借入れをしており、右危機を乗切るためには信用にもとづく特別融資を主力銀行に懇願するほかはなく、しかも過去幾度となく合理化案を提出しては無理な融資を受けてきたため、通常の努力や説得によって特別融資を引出すことは不可能であった。
(四) これを打開するためには、確証のある業績向上策が必要であったが、債務者は、組合との間の再建協定により、人員削減を基本とする縮小案をとることができなかったため、従業員が再建のために精一杯働く、という姿勢を内外に示すほか金融機関の信用を獲得する方法はなかった。
(五) ここに債務者は、生産部門における勤務時間の延長により生産性を上げる一方、これによって生ずる約七〇名の余剰人員を営業部門に配転し、販売力の強化を図るため、昭和五二年八月一六日、組合に対し、本件勤務時間延長を申入れたのである。
4 再建協定と本件勤務時間延長
(一) 前記再建協定において、組合は、「生産性を高める方向で」勤務時間を含む「勤務態様の変更」があることを了解し、これにつき「現実に即して弾力的に運営する」ことに合意していた。
(二) 債務者の本件勤務時間延長の申入れは、右の合意にもとづくものであり、かつ緊急の必要性にもとづくものであった。
(三) しかも、右申入れの内容は決して苛酷なものではない。一日当り一時間の勤務時間延長により労働時間は一日八時間となるが、隔週土曜日を休日にしているから、労基法所定の週四八時間労働に対し、週四四時間労働となるにすぎず、実際には祝日等があるため、週四一時間程度の実働となるにすぎない。
(四) さらに債務者は、昭和五二年四月、前記再建協定にもとづき、雇用保障を継続しながら、物価上昇に見合う平均一三、二三八円(九・二六五%)のベースアップを実施し、かつ同年の夏期一時金についても二か月分を支給している。
5 本件勤務時間延長と組合の再建協定違反
(一) 以上のような経緯のもとに債務者が本件勤務時間延長を申入れたにも拘らず、組合は、右申入れに対し、一日三〇分間の勤務時間延長にならば応ずる、という姑息な妥協案を示すにとどまった。
(二) 他方、従業員の大半は、経営の異常事態を深刻に受けとめ、本件勤務時間延長に賛同していた。
(三) 債務者は、前記再建協定に基づき、組合との協議を進めたが、組合は債務者の提案を受容れず、一日三〇分延長案以上の譲歩を示さなかった。これは、「現実に即し」た態度を要求する右協定に違反する。
6 本件勤務時間延長に伴う関係協約破棄と就業規則変更
(一) 債務者は、昭和五二年九月八日の中央労協において、本件勤務時間延長の必要性を説いたが、組合の同意を得られなかったため、やむなく昭和四七年四月一七日付および昭和五〇年二月二八日付各協定書を事情変更を理由として破棄し、昭和五二年九月一三日から本件勤務時間延長を実施する旨表明し、これを同月一六日付申入書によって確認した。
(二) 右各協定書の破棄は、経営の非常事態下において、再建協定と経営状況にもとづき、企業の破滅を回避するための自救行為ないし緊急避難としてなされたものであり、債務者は本件勤務時間延長に対応する就業規則の変更を行い、これを実施したものである。よって、本件勤務時間延長は適法である。
四 債務者の主張に対する債権者らの答弁
1 債務者の主張1のうち、
(一) 同(一)はおおむね認め、
(二) 同(二)は争い、
(三) 同(三)のうち、好労働条件による生産性の低下により企業体質を弱めたとの点は否認し、その余はおおむね認め、
(四) 同(四)は否認し、
(五) 同(五)のうち、債務者が昭和五〇年上半期に人員整理を行ったことは認め、その余は不知、
(六) 同(六)、(七)は不知。
2 債務者の主張2のうち、
(一) 同(一)は不知、
(二) 同(二)のうち、組合が債務者との間に昭和五二年一月二九日付協定書を取交したことは認め、その余は否認し、
(三) 同(三)はおおむね認める。
3 債務者の主張3のうち、
(一) 同(一)のうち、争議の影響により売上増加が少なかったとの点は否認し、その余は不知、
(二) 同(二)ないし(四)は不知、
(三) 同(五)のうち、債務者が昭和五二年八月一六日に本件勤務時間延長の申入書を組合に交付したことは認め、その余は不知。
4 債務者の主張4のうち、
(一) 同(一)の解釈は争い、
(二) 同(二)は争い、
(三) 同(三)の前半は争い、後半は欺瞞的であり、
(四) 同(四)はおおむね認める。
5 債務者の主張5のうち、
(一) 同(一)のうち、組合が一日三〇分の勤務時間延長にならば応ずるとの妥協案を示したことは認め、その余は争い、
(二) 同(二)は否認し、
(三) 同(三)は争う。
6 債務者の主張6のうち、
(一) 同(一)のうち、債務者が昭和五二年九月一三日から本件勤務時間延長を実施する旨表明したことは認め、その余は否認し、
(二) 同(二)は争う。
第三疎明資料《省略》
第四当裁判所の判断
一 申請の理由1記載の事実および同2記載の事実中(三)の(9)を除く部分はおおむね当事者間に争いがなく、疎明資料中の「労働時間延長に関する見解」と題する書面二通によれば、少なくとも債権者らを含む一定数の組合員が昭和五二年九月一三日からの本件勤務時間延長の延長時間における就労には異議をとどめて仮に応じていることが一応認められる。
二 債務者は、昭和五二年九月八日の中央労協において、組合に対し、昭和四七年四月一七日付および昭和五〇年二月二八日付各協定書を事情変更を理由として破棄する旨表明した、と主張し、これを昭和五二年一月二九日付再建協定書にもとづき、企業の破滅を回避するための自救行為ないし緊急避難として行ったものである、と弁明するので、以下検討を加える。
1 疎明によれば、前記二協定書は、債務者と組合とがその各日付の日に先立つ団体交渉の結果組合員の労働条件に関して合意に達したため、その各日付の日にこれを書面に作成し、両当事者間が記名押印したものと一応認められるから、労組法一四条所定の労働協約として、その各日付の日から効力を生じたものと解される。
2 そして、《証拠省略》によれば、右各協定書の内容中組合員の勤務時間に関する部分は、具体的な労働条件を定めているから、労組法一六条により、組合員と債務者との間の個別的労働契約のうち勤務時間に関する部分はこれによって定められていたものと解されるところ、債権者らは、いずれも常日勤の組合員であったから、前記昭和四七年四月一七日付協定書による労働協約の効力により、同日以降、債務者に対し、一日七時間、一週三八時間三〇分を越える勤務時間に就労すべき義務を負っていなかったものと解される。
3 その後右勤務時間に関する労働協約の定めは、昭和五二年二月一〇日付協定書および同年五月三〇日付覚書により改訂されたが、同年九月八日前には従前どおりのものに戻っていたことは当事者間におおむね争いがないところ、《証拠省略》によれば、右各書面は、昭和四七年四月一七日付および昭和五〇年二月二八日付各協定書による労働協約の内容を「従来どおりとする」、「従来の協定に従い」として引用しているから、右各書面の取交された当時においても、前記労働協約の定めは、労組法一五条三項所定の有効期間の定めがない労働協約としての効力を依然として有していたものと解される。
4 従って、右労働協約は、同条三項にもとづき、当事者の一方が署名しまたは記名押印した文書によって相手方に予告してのみ解約することができるところ、疎明によれば、債務者は、昭和五二年九月八日の中央労協の席上、組合に対し、債務者の提案どおりの本件勤務時間延長に組合の合意が得られないならば、同月一三日から業務命令としてこれを債務者の責任において実施する、と口頭で表明しているのみであって、本件勤務時間延長実施後、同月一六日付申入書をもって、組合に対し、昭和四七年四月一七日付協定書のうち勤務態様に関する部分および昭和五〇年二月二八日付協定書を事情変更を理由として破棄したものである、と通告してはいるものの、同項所定の適式な解約の予告を現在まで行っていないことが一応認められる。
5 してみれば、前記各協定書による労働協約は、本件勤務時間延長実施当時においても、債務者と組合との間に有効に存在していたものというほかはなく、組合員である債権者らは、その効力により、それぞれ別紙(一)記載の各曜日に定めた各時間内の就労義務を債務者に対して負っていなかったものというほかはない。
6 債務者は、本件勤務時間延長は、組合との間の昭和五二年一月二九日付協定書による再建協定にもとづいてなされたものである、と主張する。
《証拠省略》によれば、右協定書中には、「再建期間中は、所期の販売・生産量の達成および原価低減目標達成のため、販売体制・生産体制および勤務態様の変更等について、生産性を高める方向で、会社・組合協議し、現実に即して弾力的に運営する。」という条項が存在し、また、右にいう「勤務態様の変更」には勤務時間の変更も含まれると解するのが、ことばの通常の意味からして合理的である。
しかし、右協定書は、これを合理的に解釈する限り、勤務時間を含む勤務態様の変更については、事前に債務者と組合が協議し、一定の合意に達したうえ、これにもとづいて実施する旨を定めたものと解することはできるが、このような合意が得られない場合に、債務者が一方的に「生産性を高める方向で」組合員に不利益に勤務態様を変更することができる旨を定めたものとは到底解することができない。
よって、債務者の右主張は失当である。
7 債務者は、本件勤務時間延長の違法性阻却事由として、これが企業としての破滅を回避するための自救行為である旨を主張する。
しかし、一般に自救行為とは、権利者が義務者に対して一定の義務の履行を求めるに当り、裁判所その他の国家機関による通常の権利実現方法によっていたのでは権利の実現が不可能ないし著しく困難になることが確実であるような場合に、緊急やむをえない措置として、権利者にその権利の実現のために必要かつ相当と認められる程度の実力行使を許す、という法理であって、わが国法上は、刑法二三八条の反面解釈として、窃盗の被害者がその被害の直後に犯人に対し自己の所有物返還請求権を実現するため相当程度の取還行為をなしうる、という場合のように、きわめて例外的かつ限定的な適用範囲を有するにすぎない。
本件においては、前述のように、債務者は本件勤務時間延長による延長時間の就労を債権者らに義務づけうるような実体法上の請求権を有していなかったのであるから、そもそも実現しうべき権利を欠いていたものというほかはなく、右法理の適用を求めるための基本的要件を満たしていない、というべきである。
よって、債務者の右主張も失当である。
8 また、債務者は、本件勤務時間延長の違法性阻却事由として緊急避難を主張するが、その骨子は、要するに、債務者は、債務者の企業としての存続に対する現在の危難としての倒産を避けるため、やむをえず本件勤務時間延長を実施したものであり、これによって生じた債権者らの勤務時間が一日一時間、一週五時間三〇分延長されるという害悪は、これによって避けようとする債務者の倒産という害悪の程度を越えるものではない、というのである。
なるほど企業は生き物といわれ、その経済的価値は、活動中におけるそれと倒産後のそれとで大きな差があることは経済の常識であろう。しかし、法律の目からすれば、企業に「生命」はなく、少なくとも緊急避難の法理の適用を考慮しなければならないような生命的・身体的な利益はないといわなければならない。企業は、法的には財産的権利義務関係の集合体であって、法律は、その権利義務の帰属主体としての地位を企業に与えるため、一定の要件を満たす企業に営利法人としての法人格を擬制しているにすぎないのである。従って、債務者が緊急避難の法理の適用を求めるに当り、債務者に帰属する利益として主張しうるものは、たかだか債務者の財産的利益にとどまるものといわなければならない。
これに対して、自然人である債権者らが本件勤務時間延長によって害される利益は、単なる財産的利益にとどまるものとはいいがたい。けだし、前述のように、債権者らと債務者との間の労働契約のうち勤務時間に関する部分は、前記労働協約の効力によって一日七時間、一週三八時間三〇分の実働と定められているところ、本件勤務時間延長は、債権者らに対し、その個別的同意を得ることなく、かつ何ら直接の対価を提供することなく、一日一時間、一週五時間三〇分の追加的就労を要求するものであって、本来債権者らが契約上自由に使用しうる時間を一方的に債務者のために拘束しようとする点において、単なる賃金請求権の剥奪という財産的利益の侵害のみならず、債権者らの自由の束縛という別個の利益の侵害を不可避的に含んでいるからである。
仮に一般的経済環境および債務者の経営状態が債務者主張のとおりであるとしても、本件勤務時間延長によって債務者の受ける直接の財産的利益は、生産原価の低減と販売量の増加による販売利益の増加にほかならず、これが長期的には債務者の企業競争力を強化し、窮極的には債権者らを含む従業員全体の雇用を安定させ、また場合によっては将来の賃金の増加その他の労働条件の向上をもたらすことはありえても、債権者ら個人にこのような利益が確実に還元されるという法的・制度的な保障は何ら存在しないことを考慮すると、このような要因が本件勤務時間延長によって債権者らの受ける不利益を直接に軽減するものとは考えられない。
このように見てくると、本件勤務時間延長は、緊急避難の基本的要件である害悪の均衡を欠くものというほかはないから、債務者の右主張も失当というべきである。
9 最後に債務者は、昭和四七年四月一七日付および昭和五〇年二月二八日付各協定書による労働協約を事情変更を理由として昭和五二年九月八日に破棄したから、債務者は右協約の拘束力を受けていなかった旨主張する。
ところで、事情変更の原則は、主として賃貸借等の継続的債権関係において、当該契約を締結した時点において契約当事者の予想しえなかった事態が発生し、当該契約の全部または一部をそのまま履行させることが社会通念上著しく公平を欠き不当と認められるような場合に、当該契約条項の全部または一部の履行に公平の要求に適合するような必要かつ最小限の制限を加える、という法理であって、債権法を貫く信義誠実の原則に由来するものであるといわれている。
しかし、民法は本来、およそ自由な法的主体の間に締結された契約は、それが法律行為としての瑕疵を帯有していない限り、その約旨に従って履行されなければならない(pacta sunt servanda)、という原理に立脚するものであるから、事情変更の原則も、あくまで民法の基本原理に対する例外的救済手段としての位置付けを与えられなければならない。
殊に、右の原則を労働者に不利益に適用することは、本来使用者が自己の危険において負担すべき経済変動による経営上のリスクを相対的に経済的弱者の地位にある従業員労働者に転嫁する結果を往々にしてもたらし、憲法、労基法、労組法等によって実定法化されている労働者保護の理念に背馳することになる虞れが十分にあるのであるから、本件のような労働契約関係上の紛争に右原則を適用するに当っては、裁判所は十分に慎重な態度をとるべきことを要請されているものといわなければならない。
そこで、本件についてこれを見ると、当事者間におおむね争いのない事実および疎明によれば、次の事実を一応認めることができる。
(一) 債務者は大正七年に創業し、昭和九年に株式会社として設立されたが、創業時以来一貫して貼付薬、絆創膏類の製造販売を営業活動の中心とし、戦時体制下においては、企業整備統合政策によってわが国における絆創膏の供給をほぼ独占するに至ったこともあり、また、戦後は登録商標「セロテープ」で知られるセロファン粘着テープの開発・量産に成功したことから、粘着テープ業界に指導的地位を築き、昭和三〇年代後半からの経済成長によって着々と業績を上げ、企業規模を拡大していった。
(二) しかし、昭和四〇年代に入ると、同業他社の台頭と新技術開発および販売力強化によって、債務者の伝統的な地位は次第に相対的な低下を見せ始め、昭和四〇年代半ばころには、その主力となっていた東京工場も既に老朽化し、生産力拡大の隘路になっていた。そこで、債務者は、生産コストの低減を図り、販売力を強化するため、昭和四五年ころから、東京工場を現在の埼玉工場に移転し、新鋭機械設備を導入して労働生産性を向上させ、余力を生じた人員を販売部門に投入する計画を立て、これを推進したが、勤務場所や勤務態様の急激な変化に懸念を抱く組合員の十分な理解と協力を得るための交渉に約二年余りを費し、その間、移転後の労働条件を含む労働環境改善を主張する組合の要求に相当大幅な譲歩を示さなければならなかった。
(三) このようにして昭和四七年春、債務者と組合は東京工場移転に関して最終的な合意に達し、労働条件に関する包括的な協約として昭和四七年四月一七日付協定書を取交したが、その内容は、常日勤者の勤務時間を週実働三八時間三〇分とする条項のほか、寒冷地手当、帰省手当の新設に関する条項、年休の改善、傷病休暇の新設等に関する条項、住宅貸付の改訂、託児所の斡旋等福利厚生に関する条項などを含むものであり、当時としてはきわめて労働者に有利な内容であったと考えられる。
(四) このようにして始動した新生産体制は、その後約二年間大きな破綻を示すことなく推移したが、昭和四八年秋のオイルショックとその翌年春にかけての狂乱物価による需要過熱を最後にわが国の経済は根深い不況に陥り、新販売体制への移行が十分になされていなかった債務者は、需要の鎮静化に伴う同業他社との販売競争激化に勝ち抜くことができず、昭和四九年下半期の決算(決算期同年一一月末)において約一億三、六〇〇万円の損失を計上し、株価水準は同年六月ころの一六〇円前後から同年一一月ころの一〇〇円前後にまで低落し、決算期間を一年に変更した後の同年一二月から昭和五〇年一一月末までの期間の決算においては、実に約一七億七、六〇〇万円の損失を計上し、株価は同年一一月ころには八〇円前後を低迷することになった。
(五) このような状況にあるにも拘らず、債務者は、前述の昭和四七年四月一七日付協定書にもとづく労働条件に関して組合に対し、昭和四九年一杯は特に具体的な改訂の申入れを行わず、昭和五〇年二月二六日に至って、同日付申入書をもって債務者の第一次経営合理化計画を示し、これに対する組合の協力を求めたが、右計画の骨子は、人員整理、遊休資産の処分、生産規模の縮小を中心とするいわゆる減量経営であり、労働条件の改訂は向後一年間行わないというものであった。そして、右計画に従って、債務者は五〇〇名に近い人員整理を行ったが、これに対する組合の協力を求めるために、営業所勤務者の勤務態様を工場の常日勤者のそれとほぼ同一にすることを内容とする昭和五〇年二月二八日付協定書を組合との間に取交した。
(六) その後昭和五一年に入っても、景気は依然として停滞し、同年三月ころの債務者の株価も八〇円台を上下していたが、同年五月一日、債務者は券面額五〇円の株式一、二〇〇万株を発行し、これを一株当り八三円の価額で全部大鵬薬品工業株式会社に引受けてもらうことにより同会社から九億九、六〇〇万円の株金払込を受け、当面の難局を乗切ることができた。このため、債務者の株価は一挙に三〇〇円台に急上昇し、同年六月には最高値三八七円を記録したが、同時に発行済株式総数の三分の一を同会社に保有されることとなり、翌年二月二五日の株主総会においては、同会社と関係のある数人の取締役が新たに選任され、そのうちの一人である小林幸雄が従前の代表取締役歌橋均也と並んで代表取締役に就任した。
(七) これに先立って債務者は、昭和五一年一〇月二三日、新経営改善計画を発表したが、その骨子は、昭和五二年上半期から経営利益を黒字に転換し、昭和五四年度末までに繰越欠損金を全て補填する、との利益計画のもとに、大鵬薬品工業株式会社との業務提携を行い、強力な販売推進とともに生産部門のコスト低減を図り、省人化および新開発製品生産のための設備投資を積極的に行い、従業員に対しては現在人員の雇用を保障したうえ、生産部門から販売部門への要員配置転換を図り、人件費に関しては、昭和五二年から昭和五四年までの間におけるベースアップは物価上昇に見合う上昇率を確保するとともに、これのみにとどめ、昭和五一年下半期から昭和五四年下半期までの間における一時金は毎期二か月分を確保するとともに、これのみにとどめる、というものであった。また、右計画において、債務者は、昭和五二年一二月一日以降の勤務態様を従来の二班二交替および四班三交替制から三班三交替および休憩三交替制に変更することを企画していた。
(八) このような計画の発表とこれに沿った債務者の経営方針の転換は、前記二協定書によって定められた労働条件の大幅な変更を危惧する組合の反撥を招き、組合は、昭和五一年の年末一時金要求交渉において債務者の呈示した二か月分の賞与を不満として多数回にわたり争議行為を行い、明けて昭和五二年一月末に至り、ようやく債務者の呈示に沿った案で交渉を妥結したが、その過程において、債務者の前期計画に一定程度協力しなければならないものと判断し、同月二九日、債務者との間にいわゆる再建協定を締結した。右協定は、協定書本文と附属覚書二通からなるものであるが、その骨子は、(1)組合は債務者の再建期間中である昭和五四年末まで争議行為を行わず、(2)債務者は右期間中組合員の解雇を行わず、物価上昇に見合うベースアップと年間四か月分の一時金支給を保障することを基本とし、(3)右期間中は、販売体制・生産体制および勤務態様の変更等について、生産性を高める方向で、債務者と組合が協議し、弾力的に運営することを約束し合うものであった。
(九) その間景気は停滞し続け、債務者は昭和五一年一一月末の決算においてなお約八億七、一〇〇万円の損失を計上したが、前記大鵬薬品工業株式会社が債務者を支援する体制をとっていたため、同月ころの株価はなお二五〇円前後を維持していた。しかし、昭和五二年に入ると、景気はいわゆる底入れ感を見せ始め、債務者の同年一一月末の決算も、会計処理の一部変更はあったものの、一応約三億円の経常利益を計上し、株価水準も同年一月ころから四〇〇円前後を上下するようになり、三〇〇円を下回ることはなくなった。
以上のように見てくると、本件勤務時間延長は、昭和五二年に至って債務者の経営状態が悪化し、一般経済環境が悪化したために、倒産の危機を避けるためにやむなくなされたものである、という説明のみによっては、これを正しく位置づけることができないもののように思われる。その背景には、昭和五一年五月の大鵬薬品工業株式会社の資本参加、同年一〇月の新経営改善計画発表前後の経営方針の転換、特に代表取締役小林幸雄就任以後の販売拡大を中心とする経営政策の積極化があるものと考えられ、本件勤務時間延長も、この積極的な経営政策実現のための重要な一環として、債務者にとってある程度予定された行動として実施されたのではないか、という心証を払拭し去ることができないからである。
もとより、当裁判所は、債務者の積極的な経営政策をそれ自体として批判するものではなく、また、本件勤務時間延長実施の前後を通じて相当数の従業員が債務者の経営方針の転換、経営政策の積極化に協力的な気運を醸成していた、との債務者の主張を否定し去るものではない。
しかし、前述のとおり、債務者は、昭和五一年一〇月の新経営改善計画において将来における勤務態様変更の萠芽を示していたのであり、また昭和五二年一月の再建協定において、再建期間中は勤務態様の変更について生産性を高める方向で組合と協議する旨約束していたのであるから、勤務時間の延長に関しては、同年八月一六日といった遅い時期にではなく、もっと早い時期から組合と協議をもつこともできたはずであり、仮に協議が整わなかったとしても、労組法一五条三項に従い、九〇日の予告期間を置いて適法に昭和四七年四月一七日付および昭和五〇年二月二八日付各協定書による労働協約を解約しえたのではないか、との感は免れがたい。
しかも、債務者による前記二協定書の破棄は、昭和五二年九月八日の中央労協において、組合から、一日三〇分、一週二時間四五分の勤務時間延長にならば応ずる、という妥協案が示されたにも拘らず、その内容を詳しく検討することもなく、これを姑息な妥協案として一蹴したうえ、即時口頭によりなされているのであり、そこには、前記再建協定の趣旨に従って組合と誠実に協議を重ねてゆこうとする姿勢が殆ど見られないのみならず、労使の交渉を基礎に労働条件を形成しようとする労組法の理念を遵守しようとする心構えが著しく欠けているように思われてならない。
以上のように見てくると、債務者による前記二協定書の即時破棄に至る債務者の行動には、信義誠実の原則に沿わない要素が多分に含まれているものというべきであるから、当裁判所としては、このような債務者のために事情変更の原則を適用し、右即時破棄を有効なものとして維持することは適当でないものと考える。
よって、債務者の前記主張も失当である。
三 以上により、債権者らは、昭和五二年九月一三日以降、それぞれ別紙(一)記載の各曜日に定めた各時間内の就労義務を債権者に対して負っていないものというべきである。そして、債権者らが右各時間内の就労を債務者により業務命令として命ぜられていることは当事者間に争いがないから、債権者らは債務者に対し、各自の個別的労働契約にもとづき、右各時間内に債権者らを就労させてはならないという不作為を求める請求権を有するものというべきである。
四 債務者は、債権者らの右権利の保全の必要を争い、債権者らが本件勤務時間延長を不当とするならば残業拒否その他の方法でこれに従わないはずであり、またこれによる賃金カットを不当とするならば別途訴求することもできるはずである、と主張するが、右主張自体、債権者らが前記各時間内に就労しないならば債務者として債権者らに対して賃金カットを行う意思であることを表明しているものと解されるうえ、前述のとおり債務者が本件勤務時間延長を業務命令として実施していることからすれば、債権者らが右就労を拒否するときは、債務者において債権者らを業務命令違反を理由として懲戒処分に付する虞れすらないわけではない。
このように使用者が業務命令による就労の強制という形態で継続的な労働契約違反を公然と行っているような場合には、労働者がこれに対抗するために就労拒否を行い、これによって使用者から何らかの不利益取扱を受けたときに、その取扱の効力を個別的に争えば足りる、とするのでは、余りに大きな負担と危険を労働者に課することになって妥当ではない。このような場合には、むしろ、労働者が就労拒否を行うことによって使用者から何らの不利益取扱を受けない地位にあることを予め一般的に定めておくことが、継続する権利関係につき著しい損害を避けまたは急迫な強暴を防ぐことを目的とする仮の地位を定める仮処分制度の趣旨に合致するものというべきである。
五 よって、債権者らが債務者に対し、本件勤務時間延長実施以後、それぞれその延長時間内に就労しないことによって債務者から何らの不利益取扱を受けない地位にあることを仮に定めるのを相当と認め、保証を立てさせることなく、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 渡邊壯)
<以下省略>